ジブリアニメ『魔女の宅急便』が、2024年3月22日に日本テレビ『金曜ロードショー』枠で放送されました。
もう何度観たかわからないくらい観ていますけど、放送されるたびに観てしまう作品です。
視聴した感想をあれこれ書いています。
以下、ネタバレ要素を含みますから、バレても構わない方のみ下にスクロールしてください。
目次
アニメ映画『魔女の宅急便』
アニメ映画『魔女の宅急便』が放送されました。
宮﨑駿が脚本・監督を手掛けた、小さな魔女の成長物語。主人公は、13歳の魔女・キキ。彼女は魔女の掟に従い、知らない街で1年暮らすことになった。たどり着いた海辺の街で、キキは唯一の特技=空飛ぶ魔法を使って「お届け屋さん」を始めるのだが…。パン屋を営む心優しい夫婦や、好奇心旺盛な少年・トンボ、森のアトリエで暮らすウルスラ、おちゃめな老婦人たちとの出会いを経て、少しずつ成長していくキキ。しかしキキは、ある出来事をきっかけに心を閉ざしてしまう…!初めての一人暮らしに奮闘し、素敵な出会いに胸を膨らませ、小さな挫折に心を痛めるキキの姿に、誰もが共感し、エールを送ってしまうはず。
日本テレビの『金曜ロードショー』のwebページには上記引用部のように書かれています。
本作の公式webサイトもありました。
放送日時
放送日時です。
今回は2024年3月22日の21時30分からでした。
放送局は『日本テレビ』。
監督など
本作の監督について。
監督は「宮崎駿」さんです。
説明不要。
原作はあるのか?
本作に原作の小説などはあるのでしょうか。
「角野栄子」さんの同名小説が原作ですね。
私は1作目だけですけど本を持っています。
画像とは異なる装丁の本を。
感想
ジブリアニメ『魔女の宅急便』を観た感想です。
ラピュタトトロほど好きではなかった
私はテレビ放送で初めて本作を観たはずです。
おそらくテレビ初放送時に観たと思います。
覚えていないですけど、それ以降、放送されるたびに欠かさず観てきたはず。
と言いつつも、実は当初『魔女の宅急便』をあまり好きではありませんでした。
私は『天空の城ラピュタ』が宮崎駿作品の中でも1,2を争うくらい好きです。
ラピュタの次の宮崎さんの長編アニメは『となりのトトロ』でしたよね。
トトロもテレビで初めて観たと思いますが、こちらもその場にいたわけでもないのに強烈な懐かしさを覚え、一見で好きになりました。
トトロの次が本作で、ラピュタ級トトロ級の作品を期待していたので、初めて観たときに肩透かしを食らった気分になったことを覚えています。
嫌いということではありません。
むしろ好きですしよい作品とも思いました。
しかし、ナウシカ、ラピュタ、トトロときての魔女宅でしたから、期待値が高すぎたのでしょう。
前の2作品ほどのインパクトを受けなかったのです。
ラピュタやトトロと比べるとつまらないという第一印象。
比べれば、です。
観るたびに好きになる
肩透かしを食らっても、次の放送で観て、その次の、その次の次の放送と、放送されるたびに何だかんだ観てきました。
そしていつしか魔女宅をすごく好きになっていました。
スルメ的な作品でした、私には。
ラピュタとトトロは、ひと噛み目から味が濃く、何噛み目になっても味が落ちないスルメでした。
本作はひと噛み目はやや薄味でしたけど、噛みほど味わいが増してくる感じです。
ちなみに『紅の豚』や(宮崎さんではないですが)『耳をすませば』はラピュタ系、『千と千尋』や『ハウル』は魔女宅系のスルメです。
荒井由実
本作は『ルージュの伝言』と『やさしさに包まれたなら』という「荒井由実」さんの楽曲が使われていることが特徴ですね。
今の「松任谷由実」さん。
『ルージュの伝言』は『COBALT HOUR』に、『やさしさに包まれたなら』は『MISSLIM』に収録されている曲ですか。
今、私は手元に荒井期のアルバム4作品があります。
ほしかったので後年集めました。
宮崎さんの長編で既存の楽曲を採用することは当時極めて珍しいこと、初めて? ではないでしょうか。
調べていないですけど。
初視聴時、私は2曲とも、何となく聴いたことはあるかなくらいのニュアンスで、聴いたことはありました。
聴いたことはありましたけど、誰の曲の何という曲かは知らなかったです。
もっと言うと、荒井由実と聞いて、それがユーミンとも結び付けられませんでした。
全くの無知でしたので、姓が変わったことを知らなかったのです。
当時は今のようにインターネットが普及している訳ではありませんから、能動的に調べようとしないとなかなか知る機会がなかったのですね、当時は。
言い訳8割ですけど私にとっての事実でもあります。
それまでしっかり聴いたことがなかった2曲。
どこかで聴いたことがあるとは思いつつ、ほぼ初めて聴いた曲がとても作品に馴染んでいて気に入ったことを覚えています。
ほぼ知らなかったため、当時、本作のために書き下ろしたと聞かされたら信じていたでしょう。
しかし、『MISSLIM』や『COBALT HOUR』が発売された1974, 75年当時、ユーミンは20歳ほどですか。
若干20歳前後でこんな曲を作れるなんて、すごい才能ですね。
海の見える街
個人的に本作で最も好きな作品が別にあります。
それは見出しにも書いている『海の見える街』です。
「久石譲」さんの楽曲のはず。
オープニングに流れる『ルージュの伝言』の少し後に流れます。
具体的に言いますと、キキが魔女の修行にジジと旅立ち、初めての夜を貨物車の、運搬している牛のための飼料の藁の山で過ごした後、貨物車から箒(ほうき)で飛び立った先の海沿いの街「コリコ」が遠くに見えたときです。
この曲が一番好きです。
新しい生活が始まる高揚感と、一人と一匹の生活の始まる心細さとが共存しているような、素朴な明るさの中に切なさがしっかりと感じられるメロディが。
まさに久石節という感じ。
キキの成長した姿?
今回の放送で知ったことがあります。
「アンク@金曜ロードショー公式」というX(Twitter)アカウントの情報です。
#キキ🎀の声を演じた #高山みなみ🗣️さんは、#ウルスラ🎨の声も担当しています。この作品には女性のキャラクターがたくさん登場しますが、実はそれぞれのキャラクターが“各年代を代表する女性”として描かれているんです。👉続く pic.twitter.com/h15TLmrg9c
— アンク@金曜ロードショー公式 (@kinro_ntv) 2024年3月22日
続き👉 根本的には1人の人物が成長したもの…というイメージなのだそうで、そこから #高山みなみ🗣️さんの一人二役という発想も生まれたそうですよ😆👉続く
— アンク@金曜ロードショー公式 (@kinro_ntv) 2024年3月22日
続き👉#キキ🎀(13歳)が成長すると #ウルスラ🎨(18歳)になり、次に #おソノさん🍞(26歳)、キキのお母さんである #コキリ🧹(37歳)、最後はニシンのパイ🥧の老婦人(70歳)へと成長していくということです。キキの未来を思い描けるようで素敵ですよね🤗#金曜ロードショー #魔女の宅急便
— アンク@金曜ロードショー公式 (@kinro_ntv) 2024年3月22日
ヒロイン「キキ」と絵描きの「ウルスラ」が同じ「高山みなみ」さんが演じているという情報は以前から知ってました。
いや以前と言っても比較的最近、2010年代のことです。
キキ、ウルスラ、おソノさん、コキリ、老婦人へと、一人の女声が成長していく様子を描かれているという情報は今回初めて知りました。
キキがそのままああなるということよりも、ハイティーンで精神的にも身体的にも成長していき、20代に結婚をして妊娠をし、30代に思春期の子を持つ母になり〜と、各年代を代表した女性を象徴的に描かれているということでしょう。
言われてみると確かに、挙げられた女性たちは年代が別々ですものね、なるほど。
ラストにジジが鳴いた意味
もう一つ知ったことがありました。
ラストで、トンボを助けた後、記者たちに囲まれたキキの肩にジジが乗ったとき。
ニャーっと猫の鳴き声をした意味です。
このときキキは既に魔力を取り戻しています。
その前に、ジジの人語を聞き取れなくなったことで、キキは自らの魔力を失っていることに気づいたはずです。
それなら、魔力を取り戻したあのシーンでは、ジジの話す言葉の内容がわかってもいいですよね。
なのに何でニャーなの? と今までずっと謎でした。
再び飛ぶことができる様になったキキ🎀ですが、#ジジ🐈⬛は喋らないままです。実はキキの魔女の力が弱くなってしまったからではなく、キキ🎀が新たな一歩を踏み出したからこそ、ジジが「ただの猫」に戻ったという事なんです。このことについて、#鈴木敏夫 プロデューサーは次のように語っています 👉続く pic.twitter.com/QnfektTP6l
— アンク@金曜ロードショー公式 (@kinro_ntv) 2024年3月22日
続き👉「(ジジは)ただのペットじゃなくて、もうひとりの自分なんですね。だからジジとの会話っていうのは、自分との対話なんです。ラストでジジとしゃべれなくなるというのは、分身がもういらなくなった、コリコの町でちゃんとやっていけるようになりました、という意味を持っているわけです」👉続く
— アンク@金曜ロードショー公式 (@kinro_ntv) 2024年3月22日
続き👉キキ🎀は、ジジ🐈⬛という存在に頼らなくても、きちんとひとりでやっていける、立派な魔女🧹へと成長していくんですね🤗#金曜ロードショー #魔女の宅急便
— アンク@金曜ロードショー公式 (@kinro_ntv) 2024年3月22日
それも金曜ロードショー公式Xが教えてくれました。
キキは魔女として成長して独り立ちでき、もうジジに頼らなくてもよくなったから、だそうです。
Xのおかげでわかったこともありましたけど、まだ残っている疑問もあります。
ジジが自発的に人語を発しなくなったのか、元々ジジの人語はキキの想像の産物だったのか、また別の理由なのか、です。
私はジジの人語は全て、元々キキの想像だと捉えていますがどうでしょう。
神は細部に宿る
「神は細部に宿る」。
この言葉はジブリ関係の作品が紹介されるときに、しばしば用いられてきました。
特にアリエッティのY林監督の作品がテレビの特集番組で紹介されるときに、その細部までこだわった描写力に対して用いられてきた印象を持っています。
記憶違いだったら申し訳ありません。
魔女宅でも「神は細部に宿る」を随所に感じられました。
しかし、宮崎駿さんの神は細部に宿ると米◯さんの神は細部に宿るとでは、「解釈」が根本的に異なると私は思っています。
本作で言えば、例えば、先ほど書いた貨物車に侵入して寝たシーン、翌朝牛から足を舐められて目を覚ましたキキが、舐められた足を藁から抜いたときに、下着タンクトップの肩紐の左側がずり落ちるところがそうです。
直後にキキが何となしに肩紐を直す仕草がとても自然です。
あの一連の動作は、言ってしまえば無駄な動きでしょう。
無くても話が成立しますから。
しかし、ああいう何気ない動きをシーンに組み込むことで、キキという人間が「あの世界に生きている」感じが伝わってくる気がして、いいのですよね。
無駄なんだけど無駄じゃないというか。
意識して見る動き・見て理解する動きではないのだけれど、視聴者は目に入れるだけで彼女のキャラや人柄、それまでの生活を、理解・想像できるようです。
人物や物語の輪郭をくっきりさせる無駄というか、作品世界を補完する無駄というか。
他のシーンにも感じました。
例えば、「おしゃぶり」を届けたキキがおソノさんに家の中に招かれたとき、おソノさんがキキと話しながら釜に乗せたままのヤカンを左手で何気なくあげたシーン。
ヤカンのお湯が2人分あるかを手で量ったのでしょう、普段からしている手慣れた所作で、自然な生活描写がとてもいいです。
例えば、キキが朝起きて髪をとかすときの、頭がブラシに引っ張られるように動く様子。
結構なくせ毛なのかなと思わせます。
例えば、キキが部屋でパンケーキを焼いているとき、釜の上部の穴から「フライ返し」を突っ込んで、炭を動かして火力を高め、フライパンで穴を塞ぐ一連の動き。
家でコキリに教えてもらったのだろうと、それまでの彼女たちの生活を思わせます。
例えば、老婦人の「かぼちゃとニシンのパイ」を焼くのを手伝ったとき、キキが服を汚さないよう両袖に「洗濯バサミ」を挟んで、作業が終わったら老婦人と話しながら外していたこともそうです。
上に挙げたような何気ない動きから、絵コンテなどを描いているとき、宮崎駿さんはキキになりきっているのだろうと思えます。
そうでないとああいう丁寧な動きを描けないと思うので。
「神は細部に宿る」とはこういうことだよなと思います。
それは絨毯の模様や質感をより細密に、あるいは川を流れる水や草木や雲といった自然をよりリアルに描くことではなく、いやそれも大事なのでしょうけど、それよりもっともっと大事なことがあるのではと思うのですよね。
キャラに「〜しながら」行動をさせる、これがコツなのでしょうか。
魔女宅に限らず、宮崎駿さんの作品を観ていると、しばしばそれを感じます。
おわりに
ということでジブリアニメ『魔女の宅急便』が放送されたので、視聴した感想を書いた記事でした。
私の認識や理解が間違っていたら申し訳ありません。
Amazonでは本作のDVDとBlu-rayが発売されていました。
気になる方はぜひ。