ディスディスブログ

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髑髏の騎士がスランに「王様」と呼ばれていました。正体は「ミッドランド王国」の先王でしょうか? - アニメ『ベルセルク』20話「クリフォトの汚濁」の感想

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2017年4月8日土曜日02:25(金曜深夜)より、TBSにてアニメ『ベルセルク』2期が放送されています。

以下、最新話のネタバレ要素がありますので、バレても構わない方のみ下方スクロールをお願いします。

 

 

目次

 

 

アニメ『ベルセルク』

berserk-anime.com

 

2017年5月27日の放送は第20話「クリフォトの汚濁」でした。2期8話です。

 

 

イントロダクション

胸のうちにくすぶる激情の炎に突き動かされ、終わりのみえない復讐の旅を続ける「黒い剣士」ガッツ。
彼の前に立ち塞がるのは、残虐非道な無法者、妄執に囚われた悪霊、そして敬虔なる神の使徒。
おぞましい人ならざる力を振るう敵に、鍛え上げ体と磨きぬいた技--人として力をもって、ガッツは戦いを挑み続ける。命を削りながらも。旅路の果てに何が待つのか。たとえはただ、“夜”の中にある。
目を凝らし、闇を見つめよ--!

こちらが1期のイントロダクションです。作品のジャンルはダーク・ファンタジー

 

鉄塊のごとき大剣をふるい「贄」の運命に抗い続ける黒い剣士・ガッツ。失踪した愛する者・キャスカを追う彼は、やがて聖地アルビオンへの辿り着く。法王庁の教義に縛られてガッツを追うファルネーゼと従者セルピコ、ガッツの技を盗もうと同行するイシドロ、立ちはだかるモズグスら超越者たち。
数多の出会いや死闘を経て、ついにガッツはキャスカとの再会を果たすのであったか…。
激化する戦いに呼応するかのように、救いを求める人々の願いが聖地に渦巻く。その想い、その命は、世界が求めし存在・グリフィスの顕現をもたらした。それは、人と魔が交じり合う新たな世界の兆しでもあった!
長い激戦を切り抜け、アルビオンを後にするガッツ。大切なものを「喪失わない」と決意を固めるが、新たな試練、新たな戦い、そして新たな出会いが彼を待ち受けていた---。

こちらが2期のイントロダクションです。1期のまとめ的なテキストですね。

ちなみに私は原作未読です。

 

 

20話(2期8話)「クリフォトの汚濁」

20話は「モーガン」老人の「イーノック村」を襲ったトロールの群れとの戦いの続きです。

イーノック村を襲ったトロールやオーグル、ケルピーを退けた主人公「ガッツ」たちでしたが、魔女「シールケ」に憑依した水の精霊によって呼び起こされた大洪水に「キャスカ」と「ファルネーゼ」が流され、行き着いた先でトロールたちに捕まり、どこか(洞窟?)へと連れ去られてしまいました。

正気を取り戻したシールケによってその様子がわかると、ガッツと「パック」と「イシドロ」と「シールケ」と「イバレラ」とでキャスカとファルネーゼを救出しに向かいます。「セルピコ」はケルピーとの戦いで負傷したためイーノック村で待機です。

 

 

ゴッドハンド「スラン」

向かった洞窟はシールケがいうには「クリフォト」です。クリフォトは「幽界(かくりよ)」の闇の領域のこと、と言っていたでしょうか。現世(うつよ)と幽界が重なり始めているとも言っていたと思います。それは後述する「スラン」が言っていました。

そのクリフォトでは、ギリギリのところでキャスカとファルネーゼを助けることに成功したガッツでしたが、仲間やイーノック村からさらわれた女子供を逃がしている最中に、おぞましい存在が姿を現しました。

それがゴッドハンド「スラン」です。

「私たち幽界を探求する者たちにとって大いなる謎の一つ。わかっていることは彼らがかつては人間であったこと。そして、転生した彼らが幽界のはるか深淵に潜む何者かの意思の執行者であるということ」

この台詞は、シールケの師匠である魔女「フローラ」が17話でガッツに説明していたゴッドハンドについてです。今回登場したスランもガッツの仇敵「グリフィス」もこれです。

スランはトロールの臓物を使って実物化しているようなことを言っていましたか。髪の毛であろう部分が太く長い臓物、腸のようでした……目は白目が黒く黒目が血のように赤く気持ち悪いです。

ゴッドハンドに性別が存在するのかは不明ですけど、スランはゴッドハンドになる前、人間だったときの性別は女性だったのでしょう、全体的に外見も声の質も発言内容も女性のそれでした。

また、スランはガッツのことを以前から知っているようなことを言っていました。ガッツのこれまでの行動を見ていたと。あるいは別の姿でガッツたちの前に現れていたのかもしれません。私が忘れているだけで。

スランはガッツのことを買っているようです。お気に入り。ガッツは超越した存在であるゴッドハンドからも認められているほどの力の持ち主という。ただ、既にゴッドハンドは5体(5柱?)全て揃っていますから、ガッツがゴッドハンドになることはないでしょうけど。

 

 

髑髏の騎士の登場

ガッツは最初、スランに対して珍しく気後れしてしまったようです。右腕の大砲(?)でスランの腹部に大きな穴を開けはしましたが、捕らえられてしまい大剣「ドラゴンころし」を振るういつもの姿は見られません。

ガッツのピンチに助けに来たのは「髑髏の騎士」でした。ガッツを魔女・フローラと引き合わせ、ガッツの手助けをしてやって欲しいと頼んでいたのも彼(?)ですし、1期では「断罪の塔」でもガッツたちを助けてくれています。

私は以前、この髑髏の騎士はガッツの未来の姿ではないかとブログに書いていました。しかし、今回のスランの発言を聞くにその可能性は薄まったように感じられます。というのも、スランは髑髏の騎士のことを「王様」と呼んでいたからです。

髑髏の騎士もスランのことを知っているようで、スランを「はらわたのしょうき(腸の娼姫?瘴気?)」と呼んでいます。

王というと「ミッドランド王国」しか思い浮かびません。「チューダー」も「クシャーン」も帝国ですから、統べる人物は皇帝であって王ではないはずです。ミッドランドというと、かつてガッツやグリフィスたち「鷹の団」が仕えていた王国ですね。

髑髏の騎士はそのミッドランドの王様だった人物なのでしょうか。現王ではないと思いますので、現世では既に死んだことになっているかつての王である可能性はありそうです。

だとするとどうしてガッツの手助けをしているのかがよくわからないです。王は生前に「鷹の団」にいたガッツと面識があったのでしょうか? となると現王の可能性もありますか……先王でしょうか。それともガッツはミッドランド王の息子などという設定があるのでしょうか? 謎が謎を呼びます。

 

 

ドラゴンころしと喚び水の剣

髑髏の騎士はガッツの持つ「ドラゴンころし」の大剣を「幾百幾千の亡者どもの怨念で鍛えしその剣」と言っていました。

現に、ガッツがスランにドラゴンころしを振り下ろして彼女(?)を撃退していましたし、使徒「ゾッド」も以前ドラゴンころしのことを「斬魔刀」と言っていましたね。

髑髏の騎士の発言から察するに、造られたときのドラゴンころしには魔を退ける力はなく、ガッツが毎日のように怨霊・悪霊を斬ってきたことによって、いつしか魔を退ける力が備わった剣となったということかと思われます。

斬られたスランは「また会いましょう、愛しい坊や」とガッツに囁いてクリフォトから消えています。完全に倒した訳ではないようです。

スランが去ったことによりクリフォトが崩れ始めます。生き埋めのピンチ。ガッツたちの身に危険が及ぶとまたもや髑髏の騎士が助けてくれました。彼(?)の身体の中から「喚び水の剣(よびみずのつるぎ)」を取り出すと、空間を切り裂いてガッツをワープさせ、シールケたちと合流させました。

洞窟から逃げ出すとクリフォトは姿を消し、辺りは木々が鬱蒼とした森になっていました。

この「喚び水の剣」は髑髏の騎士が体内で造り上げたものです。人から奪った「ベヘリット」を体内に蓄えて剣に練り上げた、と言っていたでしょうか。目が幾つもぎょろぎょろ動いていましたね、ベヘリットの剣。

 

 

おわりに

シールケは洞窟を塞ぎ、その間襲ってくるトロールたちをイシドロが退治していました。イシドロは以前、手持ちの剣が大きく重かったため持て余していましたけど、「モーガン」老人から譲り受けた短剣は上手く扱うことができ、ボストロールを倒していました。止めの「サラマンデルの短剣」は強くトロールを燃やしていました。

ガッツ一行と助けた村人たちはイーノック村に帰還、待っていたセルピコたちに迎られていました。ガッツは今回の出来事を通じて、かつて鷹の団で感じていたものと似た感覚を覚えているようでした。その感覚とは「仲間」を得られたという感覚です。

 

それにしても髑髏の騎士は何者なのか……。以前登場した胎児といい、ベルセルクには謎の登場人物が多いですね。そういった謎を謎のまま残しておく点もまたベルセルクの魅力になっているのでしょう。読者・視聴者に色々と想像させることで引き込ませるという。 

次回予告を観るとまた戦いが起こりそうです。グリフィスの配下となった「グルンベルド」との戦いに。グルンベルドは使徒のはずですから、モズグスたちのように人間形態と使徒形態があると思われます。どのような使徒形態になるのか見ものです。

 

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