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五十八が話をしすぎて死期近いとは思えないほど元気に見えました… - 朝ドラ『べっぴんさん』105話の感想

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NHK連続テレビ小説『べっぴんさん』、2017年2月7日放送の第105話は、五十八が亡くなりそうです。

 

 

目次

 

 

第19週「希望」

www.nhk.or.jp

 

2017年2月6日月曜日の放送から朝ドラ『べっぴんさん』は第19週「希望」が始まっています。時代は第18週と同じく昭和35年(1960年)の夏でしょうか。

ヒロインの「坂東すみれ(芳根京子)」と夫の「坂東紀夫(永山絢斗)」は、15歳の一人娘「坂東さくら(井頭愛海)」が東京へ行こうとしているところを、ジャズ喫茶「ヨーソロー」で捕まえることができました。

現在のさくらは、すみれの姉「野上ゆり(蓮佛美沙子)」とその夫「野上潔(高良健吾)」の家に居候しています。

また、通っている女学校が夏休みに入っていることと、ジャズ喫茶「ヨーソロー」のアルバイト従業員で、さくらの1歳年上の女性「山本五月(久保田紗友)」が家を出てしまいアルバイトに出てこなくなったことがあって、今は「ヨーソロー」でアルバイトもしています。

そして、さくらはドラム奏者の「河合二郎(林遣都)」を好きになっています。ところが、二郎と五月が同棲をしていることを知らされ、さらに五月が妊娠していることもわかって大きなショックを受けています。

それでも二郎を好きな気持ちを持っているさくらは、プロのドラマーとして東京へ行こうとする二郎に付いていこうと、東京へ旅立つ決意を固めました。そこをすみれが捕まえた、という流れです。

 

 

二郎と五月が面会をする

それまで二郎は五月の妊娠を知らなかったのですが、すみれに聞かされ知ることとなりました。さくらはそのことを二郎に話をしていませんでした。

二郎は当然、五月のお腹の子は自分の子だとわかりました。五月に会いたいと言う二郎に対して、五月は現在、すみれの家に匿っていることから、すみれは自宅に二郎を連れて行くことにします。

五月は二郎がやって来たことを知ると、部屋に閉じこもります。五月は子どもは自分が立派に育ててみせると、二郎は東京へ行ってプロのドラマーになって、音楽で人に希望を与えて、夢を叶えて欲しい、私のことは忘れて、と言っていました。決意は固いようです。

五月は最後まで部屋から出てはくれず、二郎はその日は帰ることにしたようです。未だスカウトの方々と最終的な契約締結とはいっていないはずですが。まだどう転ぶかはわかりません。

さくらとしては、今回の五月の言葉、意思を聞き、また二郎が本当に五月や子供のことを心配している様子を見て、自分の想いは届かないと身に沁みたようでした。失恋しちゃった、とすみれや紀夫に言っていましたね。

 

 

五十八が倒れる

そんなとき、坂東の家に電話がかかってきました。女中の「佐藤喜代(宮田圭子)」が出ると、電話は近江の坂東本家にいる、かつて執事であった「井口忠一郎(曽我廼家文童)」からでした。

喜代さんがすみれに受話器を渡すと、忠さんは旦那様が倒れたというのです。旦那様とはすみれの父「五十八(生瀬勝久)」のこと。

すみれたち、ゆりたちは急いで近江へ向かうと、五十八は床に伏せたままです。

すみれたちを出迎えた近江の坂東家の人々五十八の兄「坂東長太郎(本田博太郎)」と長太郎の妻「節子(山村紅葉)」、長太郎の長男「肇(松木賢三)」、肇の妻「静子(三倉茉奈)」、肇の長男「慶一(福士唯斗)」も部屋に集まり、すみれたちと食事をしています。別室で食べようとしていましたが、すみれとゆりが五十八から離れたがらなかったので、皆で五十八を囲むように食事をしています。シュール。

五十八は心臓を患っているようです。

五十八を囲んで昔話が花開いていました。忠さんが五十八と出会ったときのこと、喜代さんが五十八と出会ったときのこと、長太郎が子供の頃に五十八と凧揚げをして遊んだ話などです。今回明らかになったのは、忠さんと喜代さんは幼馴染であったこと、忠さんがかつて喜代さんに惚れていたらしいことですね。

五十八が目を覚ますと、場にいた皆一人ひとりに挨拶をしていました。もう最期のときが近いです。

 

 

おわりに

五十八は夢で妻の「坂東はな(菅野美穂)」に会いました。はなから死期が近いこと告げられ、目が覚めた五十八は皆に挨拶をすることにしています。

とまぁ、二郎と五月のこと、五十八のこと、それぞれ未だ決着がついていません。今週中にはいずれも決着するはず。今のところ決着がついたことと言えば、さくらの失恋くらいです。

今日の放送は、脚本家さんたちにとって五十八の死を劇的に感動的に見せるために必要な回だったのかもしれないですけど、個人的には、わざわざ五十八の過去の新エピソードを設えることをせずとも、視聴者は彼がこれまでドラマの中でしてきたことを観てきている訳ですから、そのままを描写するだけで良かったのではなかったのかな、と思います。

死ぬ直前の、弱っている五十八には多くを語らせず、視聴者に想像してもらえるような描写だけで良かったのではないかと。

その点は『とと姉ちゃん』で唐沢寿明さんが演じていた「花山伊佐次」の最期の描写は良かったと思っています。同じにしろとは言いませんけど、違った見せ方があったんじゃないかなと。

 

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