ディスディスブログ

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「春と修羅」は序文すら理解できないものの読むだけで意識が宇宙へ飛んでいきます - 『100分de名著』「宮沢賢治」第2回

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毎週月曜日22:25よりEテレにて放送されている教養番組『100分de名著』、2017年3月度は詩人・童話作家「宮沢賢治(みやざわ・けんじ)」でした。

 

 

目次

 

 

Eテレ『100分de名著』 

www.nhk.or.jp

 

一度は読みたいと思いながらも、手に取ることをためらってしまったり、途中で挫折してしまった古今東西の“名著”。
この番組では難解な1冊の名著を、25分×4回、つまり100分で読み解いていきます。

公式Webサイトの「番組について」ページの一部を抜粋しました。

「偉大な先人の教えから、困難な時代を生き延びるためのヒントを探る」番組で、毎月ある名著を取り上げて、その作品や著者を出来る限り掘り下げていきます。25分番組を月4回放送して100分で収めている番組です。

月曜日が5回ある月は、5週目は4週目の再放送です。元々再放送は毎週水曜日の05:30と12:00の2回あるので、月曜日が5回ある週は再放送だらけになります。

司会はタレントの「伊集院光(いじゅういん・ひかる)」さんと、NHKアナウンサーの「礒野佑子(いその・ゆうこ)」さんです。特に伊集院さんの頭の良さ・勘の良さがよくわかる番組です。磯野アナも切れ者です。

 

 

2017年3月度は「宮沢賢治」

2017年3月度に扱っているのは詩人で童話作家の「宮沢賢治(みやざわ・けんじ)」です。宮沢賢治スペシャル。

2017年1月度の「中原中也(なかはら・ちゅうや)」と同様に、宮沢賢治も彼の作品一つにフォーカスを当てるのではなく、幾つかの作品に触れつつも中心は賢治自身にフォーカスが当てています。

 

自らの詩を「心象スケッチ」と呼んだ宮沢賢治。心象とは、宇宙や無限につながるものであり、個人的なものを越えて普遍的なものをスケッチすることだと賢治はいいたかったのだという。妹トシの死への悲しみを刻印した一篇「永訣の朝」も、単に個人の悲しみだけではなく、人間の「生と死」という絶対的な真実をこそ記そうとしたのである。第2回は、賢治が向き合った「生と死」の問題に迫っていく。

こちらは宮沢賢治第2回の放送内容です。

番組の指南役は日本大学芸術学部教授「山下聖美」さんです。

 

 

宮沢賢治とは?

宮沢 賢治(みやざわ けんじ、正字: 宮澤 賢治、1896年8月27日 - 1933年9月21日)は、日本の詩人、童話作家。
仏教(法華経)信仰と農民生活に根ざした創作を行い、創作作品中に登場する架空の理想郷に、岩手をモチーフとしてイーハトーブ(Ihatov、イーハトヴあるいはイーハトーヴォ (Ihatovo) 等とも)と名付けたことで知られる。生前彼の作品はほとんど一般には知られず無名に近かったが、没後草野心平らの尽力により作品群が広く知られ、世評が急速に高まり国民的作家となっていった。

宮沢賢治 - Wikipedia

宮沢賢治のWikipediaにはこのように書かれています。

亡くなってから80年以上経っていますから、『青空文庫』に賢治の作品が掲載されています。気になる方は検索をかけてみてください。

 

 

宮沢賢治「銀河鉄道の夜」

私は賢治の作品を知ったのはアニメ映画でした。おそらく最も古い記憶は、日曜日に小学校の体育館で放映された『セロ弾きのゴーシュ』です。

ネットで調べると、「高畑勲(たかはた・いさお)」さんが監督し、1982年に製作された作品とのこと。記憶を思い返すと、確かにジブリっぽい絵柄だった気がします。

次に、偶然テレビで『銀河鉄道の夜』を観ました。1985年制作の杉井ギサブローさんが監督を務めた作品ですね。登場人物の多くが人間ではなく猫で、直立二足歩行をしています。ご覧になった方も多いと思います。

後年『グスコーブドリの伝記』も猫バージョンで制作されていましたね。

このアニメ映画の『銀河鉄道の夜』は、小学生か中学生の頃に初めて観たと思いますけど、たいへんに感動しました。物語の内容も、映像も、音楽も、どれも素晴らしかったからです。音楽は「細野晴臣(ほその・はるおみ)」さんです。YMO。

アニメも、初見では物語の内容はよくわからなかったです。主人公「ジョバンニ」と親友「カムパネルラ」のことだけでもわからないことだらけです。

例えば、ジョバンニとカムパネルラはどこへ行こうとしていたのか、カムパネルラはどうしてジョバンニと別れてしまったのか、そもそもどうしてジョバンニは銀河鉄道に乗れたのか、どうして天上まで行ける切符を持っていたのか、どうして現世(?)に戻ってこられたのか、などです。

今もハッキリとはわかりませんけど、当時はもっとわからなかったです。銀河鉄道はこの世とあの世をつなぐ装置になっている、ということくらいは何となくわかりますけれども。

2回目にテレビで放送されたときにVHSビデオに録画し、その後何度も何度も繰り返して観て、今も5年以上前にローカル局で放送されたものをDVDに残して、定期的(年1-2回)観るようにしています。特に夏の終わりに観たくなる作品です。

 

 

宮沢賢治「春と修羅」

2017年3月13日に放送された『100分de名著』宮沢賢治スペシャル第2回で、個人的に最も印象に残っているのは「春と修羅」についてです。

「春と修羅」は大正13年(1924年)に刊行されました。

 

わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといつしよに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち その電燈は失はれ)

これらは二十二箇月の
過去とかんずる方角から
紙と鉱質インクをつらね
(すべてわたくしと明滅し
 みんなが同時に感ずるもの)
ここまでたもちつゞけられた
かげとひかりのひとくさりづつ
そのとほりの心象スケツチです

こちらは「春と修羅」の序文の一部です。実はアニメ映画『銀河鉄道の夜』のエンドロール中にもこの引用部がナレーションで入っています。

 

わたくしといふ現象は 仮定された有機交流電燈の ひとつの青い照明です

このフレーズが何だかとても好きなんです。意味はわかるようなわからないような、ふわふわとした理解しかできないものの、読んでいる人の心を一気に宇宙へと飛ばしてくれるような、SF感がたっぷり含まれた表現に感じられて、読む度に身震いします。

私は現象なのだと。現象があるから存在を認識できる、ということでしょうか?

この部分について、前出の山下先生は「わたくしという『現象』、そして『照明』という言葉がありますが、照明というのは何か電気エネルギーという、何かのエネルギーによって明滅している存在であり、わたくしも、本体・本質によって動かされている、ただの現象にすぎない。という風に解釈しているのが特徴的ですね」と仰っていました。

また、青い照明の「青」色については、「宮沢賢治は青っていう色をたくさん描いていまして、人の命を『青い光』で表すパターンが多い」そうです。魂、オーラのようなものでしょうか。

 

そして、引用部の続きにある文章の一部「すべてがわたくしの中のみんなであるやうに」について伊集院さんは非常に共感するものがあったようです。

ラジオ番組を収録・放送しているとき、自分は皆(リスナー)の姿は見ることができない。笑っているだろうなどと想像して話をしている皆は、僕のもらっているお便りや街で語りかけられたことから推測される「僕の中の皆」だという点が、まさに「すべてがわたくしの中のみんなであるやうに」にハマったみたいでした。なるほど……。

 

 

おわりに

賢治は『春と修羅』を詩ではなく「心象スケッチ」と表現しています。

作品の詩の一篇一篇に日付がつけられていることが同作品の特徴的な点です。日付に関しては、その日その瞬間を永遠化したかったのではないか、と山下先生は仰っていました。

正直申し上げて、私は『春と修羅』を何度読んでも理解することができませんでした。極めて難解です。理解するものではないのかもしれないですし、正解がわかるものでもないのでしょう。たぶん。

そういえば、本文で少し取り上げた中原中也も賢治の作品を評価していたみたいですね。影響も受けたのでしょう。

 

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